第五回のゲストは、学校教育の現場から藤原和博 氏が登場。民間人初の公立中学校 校長に就任して以来、前例主義を排して改革を断行する。教育界での新しい取り組みについて、(株)リンクアンドモチベーションの小笹芳央氏が迫る。
ハンバーガー1個から経済のしくみが見える授業
小笹:経済産業省の「社会人基礎力」というプロジェクトを啓蒙するために、今日は教育界の代表として藤原さんにお話を伺っていきたいと思います。まず、和田中学で進めている「よのなか科」の授業に取り組まれた背景から紹介してください。
藤原:たまたまカミさんが手に入れてきた中3の「公民」の教科書を読んでみたら、これがあまりにもつまらなくて(笑)、これでは子供たちが社会に出た時に、世の中嫌いになってしまうんじゃないかと感じたことが始まりでした。そのアンチテーゼとして、宮台真司さんと共著で『人生の教科書よのなか』という本を出したことがきっかけとなり、それを立体的な授業にしたのが「よのなか科」です。
小笹:藤原さん自身が教壇に立つ「よのなか科」は、公開授業として日常的な題材を使ってモノを考えさせたり、ディスカッションをする、とてもユニークな内容ですね。
藤原:導入として取り上げている「ハンバーガー店の店長になってみよう」という授業では、ハンバーガー1個から、マーケティング、原価、輸出入の問題など経済の本質を5回にわたって教えています。授業を受けた後、子供たちはハンバーガーを食べるたびに、経済のしくみを想起する。そこが狙いです。これを繰り返すことで、学校で習った知識が知恵に転換される。そういうやり方で、経済、政治、現代社会の本質を教えています。
ナナメの関係を構築する土曜寺子屋の取り組み
小笹:そしてもう一つの取り組みが、「土曜寺子屋」ですね。これは、自主参加によるものだそうですが、実際の取り組みは?藤原:土曜寺子屋、通称ドテラは大学生や教員志望のフリーターに英語や数学などを教えてもらっていますが、全校生徒の2〜3割が自主参加。教員より若いお兄さんやお姉さんという感じで親しみやすい。今の子は家庭と学校以外の人間関係が薄いから、いわば“ナナメの関係”である年上の彼らと話せる時間を意識的に設けようと考えています。
小笹:この“ナナメの関係”は、かつては地域社会や親戚を含めた家族が担っていたものでした。そのなかにはカミナリオヤジもいましたし。
藤原:なぜこんなことを学校でやらなくちゃいけないかというと、僕らの時代は学校では知識だけを教えていて、それでも困らなかった。それは地域社会があったからなんですね。
小笹:まさにその下支えの部分がなくなってしまった。
藤原:地域社会は知識を知恵と技術に変える、変換装置の役割を担っていました。ところが戦後50年の間に、それがごっそり抜け落ちてしまった。そこで学校のなかに疑似地域社会を作って、子供たちと直属の関係でない、評価をしない他人と交わらせることをやっています。これが和田中学の最大の特徴。
小笹:地域コミュニティがあった時は、異世代との交流があり、理不尽な部分も含めて利害の絡まない人間関係から様々なことを学ぶことが出来た。ところが、そういう機会が失われた今、学校の中に相互に影響を及ぼす人間関係を作る場が必要になってきた、という時代背景があるといえますね。
情報処理力と情報編集力が求められる時代
藤原:例えばジグソーパズルを早く完成できるのは、情報処理力。一方、レゴで家から町、宇宙船まで作れるのは、情報編集力。かつてはいかにジグソーパズルを早く出来るかが教育でした。しかし、ふと立ち止まってみると、ジグソーパズルの図柄を描いてこなかったことに気づいた。図柄とは、つまり世界観、人生観、幸福感そのもの。これを自分で編集していかなくてはいけない時代になったと感じています。小笹:社会人基礎力を構成する三大能力というのがあって、それが行動と思考、関係構築なんですが、情報編集力はまさに、この関係構築という部分。社会の機能分化が激しくなればなるほど、人と人がつながる力はそれに応じて大きくならなければならないでしょう。
藤原:これからはコミュニティベースで、ある種の土俵を作っていかなくてはならない。ここで言うコミュニティは、特定の住所を指すものではありません。実際、和田中のドテラに通っているボランティアの場合は、杉並区和田在住の人が4割。6割はそれ以外の地域の人です。なぜこれだけ人が集まるかと言えば、例えば図書室の改造をすることになった時に、絵本作家の赤木かん子さんを招いて、一緒に一から図書室づくりを体験できるからなんですね。
小笹:その体験は、参加した人にとっては貴重な価値になる。学生もボランティアも学校も、全てがWin-Winの関係になれる。経済的な物差しだけでは説明しえない物が得られるからですね。
納得解を出していく力が対人関係において不可欠
小笹:人を育んでいくことを考えた時、世界的にみると、宗教がベースとなっている国が多い。ところが日本は国の成り立ちからそうではない。その中で、宗教、倫理、道徳領域の基盤、共通の価値について、今の欠落状態をどう思いますか?
藤原:成熟社会になると個人がバラバラに動き始め、国家では100%支えきれない。企業でも無理。そうなると個人で活動する時の基盤となるのが、宗教。そのコミュニティを支えているのは教会です。先進国のなかで宗教をコミュニケーションの基盤としない国は日本だけ。コミュニケーションのベースとなるものが必要で、僕はそれを学校のなかで作っていこうと思っています。
小笹:今までは企業が、企業戦士を作っていました。「頑張れば豊かになれる」という一種の宗教があった。それがバブル崩壊以降、会社の中にもそんな保証はなかったんだ、と幻想が崩れてしまったわけです。これからどういう価値軸でいくのか、個人的には非常に興味深くて悩ましい問題です。
藤原:「よのなか科」では「宗教は何か?」という授業をやっています。1,000年単位で宗教と付き合ってきた人間にとって、宗教は機能、道具として必要で、死ぬ道具としてではなく、生きる道具として必要だということをきっちり議論しています。
小笠:宗教は言うなれば、共通の世界観−時間・空間をどこまでもてるか、どこまで紡ぎあげていけるか、ということですね。
藤原:そこで重要となるのが、異質な考えや文化を持つ人と共通言語を持って、コミュニケーションの土台を作ること。そのためには正解ではなく、納得解を出していく力が求められていると思います。
- 杉並区立和田中学校
- 校長
- 藤原 和博 氏
1955年生まれ。東京大学経済学部卒業後、(株)リクルート入社。東京営業部統括部長、新規事業担当部長を歴任。ロンドン大学ビジネススクール客員研究員、フェローを経て、2002年杉並区教育委員会参与に。2003年より現職。「よのなか科」「ドテラ」をはじめとする新たな取り組みを実践中。
- 株式会社リンクアンドモチベーション
- 代表取締役社長
- 小笹 芳央 氏
1961年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、(株)リクルート入社。組織人事コンサルティング室長、ワークス研究所主幹研究員。2000年(株)リンクアンドモチベーション設立。同社代表取締役社長。
社会人基礎力とは?





