ビジネスの世界を描いた大ヒット漫画『島耕作』シリーズでお馴染みの弘兼憲史氏。サラリーマンを経て、“天職”と思える漫画家の第一線で活躍しているからこそ言える、仕事観、人生観についてお話を伺った。
学生時代は漫画家になれるとは思っていなかった
「大学では漫画研究会に所属していましたが、漫画家は職業としては考えていませんでした。なりたくてなれるものでもないし、あまりにも倍率が高すぎる。だから、漫画を活かせる仕事につきたいと思って宣伝関係を考えました」
当時、宣伝の御三家といえば、サントリー、資生堂、松下電器産業。弘兼氏が最初に受けたのが松下電器産業で、そこに採用が決まったものの、宣伝部の採用ではないため、本当に宣伝部にいけるかどうかわからない。新入社員900名のうち本社の宣伝部の配属は、わずか2名。半年間の研修期間に徹底的に自己アピールして、幸運にもその1名に選ばれた。その配属先で弘兼氏は、外部スタッフとして働くデザイナーやイラストレーターたちと出会う。
「中には漫画家を目指しながら夢をもって仕事をしている人もいて、そういう彼らの姿に触発されました。こんなことやっている場合じゃない、漫画家を目指そう!と思い、会社を辞めました」
入社して3年3か月後のことだった。
人生の優先順位の一番は“仕事”
25歳で会社を辞め、漫画家を目指した時、弘兼氏は30歳までに自分の描いた作品が一度も印刷物にならなかったら、漫画家はスッパリあきらめようと決めていたという。
「幸いにも1年目にして漫画家としてデビューできました。駆け出しの頃から心がけてきたのは、自分のキャパシティの範囲内で仕事を引き受けるのではなく、つま先立ちをすれば手が届くところに目標を置くこと。それが達成できたら、またつま先立ちの目標を設定して、キャパシティを広げていくことでした」
そうして代表作となる『島耕作』シリーズを始め、数々の名作を世に送り出し、大人が読める漫画の世界を切り拓いてきた。
「僕にとって人生の優先順位の一番は、仕事。例えば、急に残業が入ったら、デートの約束をしていてもキャンセルします。そこでデートに行くような男は、男として信用できない(笑)」
やりたいことがわからなかったら、アルバイトをしよう
「僕は自分の特技がわかっていたし、明確な目標があったから、天職がおぼろげながらに見えていました。でも、自分に何も取り柄がない、やりたいことがわからないなら、いろんなアルバイトをすべきですね」
弘兼氏自身、学生時代は工事現場、ペンキ屋、ホテルのボーイなどいくつものアルバイトを経験して、世の中を見てきた。
「社会人になると苦手なタイプの人とも一緒に仕事をしなくてはならない。自分とは違う環境に身を置いてみると、いろんなタイプの人間を見ることができます。いろんな職場や業種を見てみると、次第に自分のやりたいこと、向いていることがわかってきます」
サラリーマンの場合、1日24時間のうち8時間を睡眠時間とすると、残りの16時間のうち12時間、つまり4分の3は仕事と通勤に費やすことになる。
「その時間が楽しければ、人生は楽しくなる。収入だけではなく、働くことを楽しめる、そういう生き方が一番幸せだと思います」
漫画家
弘兼 憲史氏
1947年生まれ。早稲田大学法学部卒。在学中は漫画研究会に所属。卒業後、松下電器産業に入社。1974年漫画家としてデビュー。1980年より『ビッグコミックオリジナル』に連載した『人間交差点』で小学館漫画賞受賞。『コミックモーニング』に連載した『課長島耕作』で講談社漫画賞を受賞。他にも『黄昏流星群』など大人が楽しめる“情報漫画”の社会派作家として活躍中。
「専務 島耕作2」
©弘兼憲史
講談社 (ISBN:978-4-06-372617-6)
550円(税込)





