1992年にバルセロナオリンピックでの銅メダルの獲得をはじめ、日本のシンクロ界を牽引してきた奥野史子氏。
引退した現在もスポーツコメンテーターとして活躍する彼女だが、その栄光の影には子供の頃からの地道な積み重ねがあった。
今日の目標をクリアすることが明日につながる
奥野氏がオリンピックを意識するようになったのは小学校2年生。当時の世界チャンピオン、トレーシー・ルイズ選手の演技を観た時だった。
「それまでの自分が思っていたのと全然違う“世界のシンクロ”に鳥肌がたちました。『私もあんな選手になりたい、あんなシンクロがしたい』と強く思いました」
以来、ジュニア、シニアを経て、オリンピックや世界大会でも輝かしい経歴を残すことになる。しかし、その影には並々ならぬ努力の積み重ねがあった。
「スーパーマンじゃないんだから、いきなり一足飛びにオリンピックなんか出られないですからね。まず目の前のことを、今日できることをする。子供の時は、毎日、練習目標をノートに書いてコーチに提出していました。『今日、足が曲がる癖を直します』『1週間で倒立を2㎝上げます』って。もちろん、前進する日もあれば後退する日もあります。『昨日できたのに今日はできなくなってる!』ということもよくありました。でも、そういう日々を積み重ねていけば、ある日、突然できているんですよ」
今日の目標、1週間後の目標、1ヶ月後、1年後の目標…。その積み重ねがオリンピックにも、シルク・ドゥ・ソレイユにも、そして現在にもつながっている。
やりたいことへのアンテナを張る
奥野氏の場合、早い時期からやりたいことに出合えたが、大学生になってもなかなか見つけられない人の方が圧倒的に多いのが現状だ。
「やりたいことを見つけるには、まず、自分がどういう人間かを知ることだと思います。運動が得意だとか、数学が好きだとか。自分という人間が見えてくれば、やりたいことが何となく見えてきて、アンテナがにょきにょきと伸びてきます。すると、そのアンテナに、自分の興味があることなどが色々引っ掛かってくるようになるんです。だから、学生時代から少しでもいいからそういう意識をもってアンテナを張っておいた方がいいですね。『毎日、なんとなく楽しい』ってボーッと過ごすのではなくね。やりたいことが見つかれば、後は行動あるのみです。私の場合はそれが当時目の前で見た世界チャンピオンの演技でした。そこからは、日々練習練習。目標を強く強く思い描きながら、ただひたすら動くだけ!」
苦しい時期の後には明るい未来が待っていると信じてほしい
もちろん、動いたからといって簡単に目標に届くわけではない。
「シンクロのシーズンは夏です。夏に試合があって、次のシーズンまでが大変です。特に冬場は“鬼しんどい”練習をします(笑)。これが本当にきつい。毎日1万kmぐらい平気で泳ぎ込みます。でも、この冬期練習、つまり下積みがなければ夏のシーズンを乗り切れないんです。人生も同じで、“冬期練習してなんぼ”だから、やりたいことが見つかったら、下っ端としてちゃんと勤める。そして、その下積み期間が厳しくても、今日の自分が昨日より少しでも良くなっていることを、半歩づつでも目標に近づいているっていうことを楽しんでほしい。苦しい時期を通り抜けないと明るい未来は来ないし、来ると信じてほしいです」
スタイリング/おおせ ひろみ ヘアメイク/中山 嘉達(シュヴゥ・クール)
衣装協力/MANO garment complex なんばパークス店
場所協力/京都全日空ホテル
スポーツコメンテーター
奥野 史子氏
1972年生まれ。小学生時にシンクロに目覚め、1992年のバルセロナオリンピックでは2つの銅メダルを獲得。1994年の世界選手権ローマ大会では、シンクロの常識を覆す女の情念や怒りを表現した笑わないシンクロ「昇華〜夜叉の舞」を披露し、世界選手権ソロ史上の芸術点オール10点満点の記録を達成。1995年に現役を引退、2000年よりシルク・ドゥ・ソレイユに所属し、アメリカ・ラスベガスで最高峰のアクアショー「О」(オー)に出演を果たす。現在はスポーツコメンテーターとして活躍。





