1960年、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)に入社し、生産管理等を長く担当した後、トヨタ単独でのアメリカ初となる生産拠点で陣頭を指揮した張富士夫氏。
社長を務めた1999年からの6年間では、グローバル化をさらに推進し、また過去最高収益を更新。2006年より会長となり、日本自動車工業会の会長も務める張氏に、働く上での心構えについて熱く語っていただいた。
何事も一所懸命やる価値がある
大学時代は、勉強よりも剣道ばかりしていたという張氏。
「トヨタ自動車は、剣道部の先輩から誘われて入社を決めました。当時は一般的に生活が苦しくて、高校を卒業して独立することが当たり前の時代。周りの友達が多く就職している中、大学へ進学できることを有り難く思っていました」
その張氏は、“自分のやりたいことを探す”という今の風潮について異論を唱える。社会では、どの会社のどんな仕事でも任されたことを一所懸命に取り組む値打ちがあるという。
「例えば以前、新聞のスクラップを任された先輩がいたのですが、彼は読みやすいようにと、レイアウトに工夫を凝らしたのです。すると、上司達の評判になって注目されるようになりました。一見つまらないと思えることでもおろそかにせず、努力して継続していけば、それは結果的に自分の財産になります。どんな分野でも、力を注ぐべき対象が必ずあります。与えられた環境で努力を続けることに、非常に大きな意味があることを忘れないでほしいですね」
“Praise First”もっと褒めよう
1986年トヨタがアメリカのケンタッキー州に設立した工場で、そのトップの立場にあった張氏は、従業員のほとんどがアメリカ人という状況の中、日本の従業員の気風とは予想以上に大きな違いがあることを気づかされ、驚きの連続だった。
「アメリカでは自分達が行った良いことばかりが報告されました。悪いことが伝わってこないのです。しかしそれだけでは改善が進みませんから、“Bad News First”を求めたところ、徐々にできるようになりました。また褒めることが重要だという助言もあって、それを実践しました。性別、人種、宗教など、アメリカには複雑な面がありますから、大勢の人の気持ちを一つにまとめることは難しい。それでも、皆を同じ方向へ向かせ、伸ばしていくためには、良い点を褒めることが大切なのです。新聞では若者の悪いニュースばかりが取り上げられますが、素晴らしい若者もたくさんいます。もっと積極的に褒めて、良い部分を伸ばしていくべきだと思います」
日本のために世界のために
張氏は、日本の未来を担う若者に大きな期待を抱いている。
「皆さんには“世界の中の日本”ということを常に意識してほしいです。日本は、世界の一員であり、日本のために、世界のためにという気概を持って、社会に出てほしいですね。神様はすべての人間に、同じくらいのバランスで様々な経験をさせるのではないでしょうか。辛いことの後は、楽しいことがあります。若いうちに苦労をして、タフな精神を養うことですね。それから常に「感謝の念」を持ち、また「誰かのために」という心を持つことも大切です。人間は一人では結局何もできないですから。私がトヨタに就職した当時、正直言って自動車のことはあまりわかりませんでしたが、いろいろなことを学び教わりながら努力し続けてきました。あまり、先のことばかり考えず、まずは目の前にあることに全力を傾注させてくれることを願っています」
トヨタ自動車 株式会社
取締役会長
張 富士夫氏
1937年生まれ。1960年東京大学法学部卒。同年トヨタ自動車工業(現 トヨタ自動車)に入社。トヨタ単独で初の北米生産拠点ケンタッキー工場の社長を務め、1999年にはトヨタ自動車の社長に就任。2006年、同社会長に就任し現在に至る。





